記事まとめ
- 米OpenAIの動画生成AI「Sora 2」により、日本のアニメ作品に酷似した動画が大量生成される事態が発生
- 「ドラゴンボール」「NARUTO」「千と千尋の神隠し」などのキャラクターが登場するAI生成動画は本物と見分けがつかないレベルで、著作権侵害への懸念が高まっている
- ディズニーなど米国IPは保護される一方、日本IPは野放し状態という構造的な不公平が浮き彫りに
- 問題の本質は「情報格差」と「オプトアウト方式の実効性」。中小スタジオほど対応が困難
- 解決には業界団体の情報集約、政府の窓口設置、国際的な枠組み作りが必要
- 根本的には「AI学習における著作権の再定義」という大きな問いに向き合う必要がある
対談:何が起きているのか?Sora 2騒動の本質
松永尚人:助飛羅さん、今回のSora 2の件、かなり深刻な問題だと思っています。まず状況を整理しましょう。
助飛羅知是:はい。OpenAIが公開した動画生成AI「Sora 2」で、日本のアニメキャラクターがほぼ完璧に再現できてしまう、と。X上では「ドラゴンボール」「NARUTO」「千と千尋の神隠し」などの動画が元のアニメの画風や声で大量に投稿されているわけですね。
松永尚人:今回の件、問題は3つの層があります。第一に技術的な問題。音声と口の動きの同期、作画の再現度が実用レベルと見紛うほどに発達している。第二に法的な問題。これは明らかに著作権の侵害リスクが高い。そして第三に構造的な問題。ディズニーやマーベルなど米国IPは出力できないのに、日本IPは野放しという不公平さです。
対談:構造的な問題をどう見るか
助飛羅知是:この問題、単純に「OpenAIが悪い」で終わらせていいんでしょうか?確かにディズニーは保護されて日本IPは野放しという状況は不公平に見えますが…。
松永尚人:慎重に考える必要がありますね。まず事実を整理しましょう。Wall Street Journalの報道では「一部のスタジオやタレント事務所に事前通知を送った」とありますが、具体的にどの企業か、日本企業が本当に含まれていないのかは、実は明確ではありません。
助飛羅知是:なるほど。僕たちが知っているのは「Sora 2がディズニーキャラクターを出力できなかった」という事実だけで、その背景にある契約や通知の詳細は分からないわけですね。
松永尚人:その通りです。ただ、仮に日本企業にも通知が送られていたとしても、別の問題があります。情報が届いているか、対応できる体制があるかという点です。
対談:中小スタジオが直面する現実
助飛羅知是:日本のアニメ制作会社って、規模がピンキリですよね。大手もあれば、少人数スタッフの小さなスタジオも多い。
松永尚人:そこが重要なポイントです。例えば東映アニメーションのような大手なら、法務部門があり、英語での交渉も可能でしょう。でも中小スタジオの現実はかなり違います。
助飛羅知是:大手スタジオと中小スタジオの違い…具体的にはどんな状況の違いなんでしょう?
松永尚人:いくつか考えられます。第一に情報のリーチの問題。OpenAIからの通知があったとして、それがどこに届くのか。大手なら広報部や法務部に届くでしょうが、中小スタジオの場合、誰がチェックするのか。
助飛羅知是:制作現場が忙しすぎて、英文のメールを精査する時間がない、とか?
松永尚人:その可能性は高いです。第二に言語の壁。オプトアウト申請のプロセスが英語のみの場合、正確に理解して対応するのは難しい。翻訳ツールはありますが、法的文書を正確に理解するには限界があります。
助飛羅知是:弁護士に依頼するにも費用がかかりますよね…。
松永尚人:第三にリソースの問題。仮に情報が届き、内容を理解できたとしても、「どの作品をオプトアウトするか」を判断し、申請書類を準備する時間と人手が必要です。大手なら専任のスタッフを割けますが、中小スタジオは制作で手いっぱいという現実がある。
対談:「構造的搾取」と言えるのか
助飛羅知是:でも、これを「構造的搾取」と呼ぶのは、ちょっと強すぎる表現じゃないですか?OpenAI側に「搾取してやろう」という明確な悪意があったと断定できるのか、疑問です。
松永尚人:鋭い指摘ですね。確かに「搾取」という言葉は強すぎるかもしれません。ただ、結果として不公平な状況が生まれているのは事実です。
助飛羅知是:「意図的な選別」と「結果としての不公平」は違いますよね。
松永尚人:その通りです。もう少し慎重に分析してみましょう。考えられるシナリオは複数あります。「シナリオA」は意図的な選別です。OpenAIが米国企業を優先し、日本企業を意図的に後回しにした。これが事実なら、確かに問題です。そして「シナリオB」は契約関係の差です。ディズニーなどはOpenAIと既に何らかのビジネス関係や対話のチャネルがあり、結果として優先的に通知された。意図的ではないが、構造的に大手有利になります。さらに「シナリオC」は「法的判断の差」です。米国著作権法と日本の著作権法では解釈が異なる可能性があり、OpenAIが米国内の法的リスクを優先して対応した。
助飛羅知是:なるほど…どのシナリオが正しいかは、外部からは判断できない。だから、ネットの扇動的な情報に飛びついて「OpenAIがディズニーを優遇した!」と感情的になる前に、客観的事実を冷静に見た上で、背景にある情報を整理することが重要なわけですね。
松永尚人:そうです。だから私たちが言えるのは、「現時点で情報が不足している」「結果として不公平な状況が生じている」「この状況を改善する必要がある」という3点です。OpenAIを一方的に悪者にするのではなく、構造的な問題として捉えるべきかもしれません。
対談:オプトアウト方式の是非を考える
助飛羅知是:じゃあ、オプトアウト方式そのものについてはどうですか? これは問題だと言い切れますか? 本来ならOpenAI側から許可を取りに行くのが筋な気も…。
松永尚人:これも慎重に考える必要があります。オプトアウト方式には一定の合理性もあるんです。
助飛羅知是:え、そうなんですか?
松永尚人:例えば、世の中には膨大な数の著作物があります。もしすべてをオプトイン方式にしたら、「連絡先が分からない」「既に廃業している」「権利関係が複雑で判断できない」といった作品は、永遠に使えなくなります。
助飛羅知是:確かに…孤児著作物の問題ですね。
松永尚人:ただし、オプトアウト方式が合理的なのは、「権利者が容易にオプトアウトできる」「情報が十分に周知されている」「申請プロセスが簡便」という条件が満たされている場合のみです。
助飛羅知是:現状のSora 2はどうなんでしょう?
松永尚人:そこが問題なんです。仮にオプトアウトのプロセスが英語のみ、複雑な手続きが必要、そもそも情報が届いていない、という状況なら、「形式的にはオプトアウト可能」だが「実質的には困難」という状態になります。
助飛羅知是:「逃げ道は用意したよ」と言いながら、その扉がものすごく小さくて見つけにくい、みたいな?
松永尚人:まさにそういうイメージです。だから問題なのは「オプトアウト方式そのもの」ではなく、「実効性のあるオプトアウトの仕組みが整備されているか」という点なんです。
対談:企業規模による情報格差
助飛羅知是:結局、大企業と中小企業の「情報アクセスの差」が問題の核心なんでしょうか。
松永尚人:その側面は大きいと思います。ただ、これはOpenAIだけの問題ではなく、グローバルなIT企業全般に共通する課題かもしれません。
助飛羅知是:というと?
松永尚人:例えばGoogleの検索アルゴリズム変更、Metaのプライバシーポリシー変更、Amazonのマーケットプレイス規約変更。これらはすべて英語で先に発表され、詳細な情報は大手企業や専門家にまず届きます。中小企業が気づくのは、影響が出てからというケースが多い。
助飛羅知是:Sora 2の問題も、その構造の一部……と。対策も、「OpenAIを批判する」だけでなく、「情報格差を埋める仕組みを作る」という方向で考える必要があるわけですね。でもそれって、具体的にはどんな仕組みなんでしょう?
松永尚人:いくつか考えられます。「業界団体による情報集約」「政府による窓口設置」「自動翻訳・申請ツールの開発」などです。
助飛羅知是:なるほど…批判するだけじゃなく、実務的な解決策を考える必要がある、と。でも「業界団体による情報集約」って、具体的にはどういうイメージですか?
松永尚人:例えば日本動画協会のような組織が、海外のAI企業の動向を常時モニタリングして、会員企業に日本語で情報提供する。OpenAIに限らず、GoogleやMetaの新しいAIサービスについても、「著作権に影響しそうな変更」を早期に察知して警告を出す、というイメージです。
助飛羅知是:なるほど…規模もバラバラな一社一社が個別に対応するのは無理だから、業界全体で「早期警戒システム」を作る必要がある、と。
対談:私たちが本当に問うべきこと
助飛羅知是:でも松永さん、ひとつ疑問があります。仮にオプトアウトの仕組みが完璧に整備されたとして、それで問題は解決するんでしょうか?
松永尚人:鋭いですね。実は、それでも根本的な問題は残ります「なぜ事後対応なのか」という問題です。オプトアウト方式は、本質的には「勝手に使うけど、嫌なら言ってね」という発想です。でも著作権の原則は「使う前に許可を取る」はずですよね。
助飛羅知是:確かに…順番が逆ですよね。
松永尚人:だから本当に問うべきは、「AI学習における著作権の考え方を、どう再定義すべきか」という、もっと根本的な問いなのかもしれません。
助飛羅知是:これは…簡単には答えが出ない問題ですね。
松永尚人:ええ。だからこそ、拙速に「OpenAIが悪い」と断罪して終わりにするのではなく、慎重に、しかし確実に、議論を深めていく必要があると思います。
対談:「ファンアート」との違いは何か
助飛羅知是:X上では「ファンアートや同人作品と同じでは?」という意見も見られます。この点、どう考えますか?
松永尚人:これは…難しい問題ですね。でも本質的な違いがあると思います。ファンアートは「人間が時間をかけて描いた二次創作」で、商業的規模も限定的です。一方、Sora 2は「数秒で大量生成できる」「元の作品と見分けがつかないレベル」「世界中に即座に拡散可能」という点で、スケールが桁違いです。
助飛羅知是:同人文化には「暗黙のルール」や「コミュニティの自浄作用」がありますよね? 例えば、公式が明確に禁止した表現はファンの節度として自粛する、商業作品とは一線を画す、など。でもAI生成にはそういった文化的歯止めが存在しない。
松永尚人:しかも、ファンアートを描く人たちは「描く技術」を習得するために相当な努力をしています。その過程で原作へのリスペクトや、創作の倫理観も身につけていく。AIにはそのプロセスがないんです。だから「技術的に可能」と「倫理的に許容される」は別問題なんです。
対談:AI技術の今後あるべき姿
助飛羅知是:この件、全体通して非常に難しい問題ですね。 技術の進歩を止めることはできないし、かといって野放しにするわけにもいかない。
松永尚人:3つのアプローチが有効だと考えています。第一に、実効性のあるオプトアウトの仕組みを整備する。これは冒頭お話ししましたね。第二に、AI生成物の透明性確保。Soraの透かしは良い試みですが、もっと強力な「電子透かし」や「生成履歴の記録」が必要です。どの学習データから生成されたか、トレーサビリティを確保する。第三に、国際的な枠組み作り。これは一国だけでは解決できません。G7やOECDレベルで、AI時代の著作権保護のルールを作る必要があります。
助飛羅知是:なるほど…でも、これ全部実現するには時間がかかりますよね。その間に日本のアニメ産業がダメージを受けたら?
松永尚人:今すぐできることもあります。日本政府が窓口を作る。各アニメ制作会社が個別にOpenAIと交渉するのではなく、文化庁や経産省が一括してオプトアウト申請をサポートする。あるいは、集団訴訟の準備を支援する。といったことです。いずれにせよ、日本のアニメ産業の未来に関わる可能性がある事態ですから、大げさでなく、国が動くべきフェーズに入りつつあると思います。
対談:AI関連企業ができること、すべきこと
松永尚人:我々のようなAI開発に携わる企業も、この問題に無関係ではいられません。むしろ、責任あるAI開発のモデルを示すべきだと思います。
助飛羅知是:具体的にはどんなモデルでしょう?
松永尚人:必ず学習データの権利処理を確認する。クライアント企業に対しても、「技術的にできる」と「法的に問題ない」は別だと説明する。そして、クリエイターの権利を尊重したAI活用を提案する。このあたりがまず挙げられますね。
助飛羅知是:例えば、アニメ制作会社がAIを使いたい場合、「自社の過去作品のみを学習データにしたAIモデルを構築する」とか? とはいっても、制作したアニメ原作の著作権とか、実際はもっと複雑だと思うので、あくまで「例えば」ですが……。
松永尚人:まさにそういうイメージです。作業効率は上がるけど、オリジナリティは失われない。人間のアニメーターがAIをツールとして使い、最終的な判断は人間が行う。そういう使われ方が本来あるべき姿だと思います。
助飛羅知是:AIはあくまで「道具」であって、「絵を描く人」ではない、と。
松永尚人:良い例えですね。Salesforceを使った顧客管理システムでも同じです。システムは情報を整理してくれるけど、最終的な営業判断は人間が行う。AIも同じはずなんです。
助飛羅知是:なるほど…じゃあ、うちの会社でSora 2を使って営業資料を…。
松永尚人:Sora 2で他社のキャラクター使うのは完全にアウトだって今言ったばかりでしょ!
助飛羅知是:ギャハ!冗談ですよ。でも真面目な話、今回の問題、他人事じゃないですね。AI企業として、どう責任を果たすか、真剣に考えないと。
松永尚人:その通りです。だからこそ、「責任あるAI開発」について相談したい企業の方は、ぜひGitHouseまでお問い合わせください。技術の力を、正しい方向に使っていきましょう。
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